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2015年9月
イタリア・トリエステの地域精神医療視察の旅に行ってきました。
トリエステの地域精神保健・医療の概要


(トリエステ精神保健局本部のマルコ:改革の象徴の馬)

2015年9月「イタリア・トリエステの地域精神医療システム視察の旅」に西井が行ってきました。
イタリアでは、1978年に精神病院への入院を禁止する法律(通称:バザーリア法)が制定され、1999年にはイタリアの精神病院が完全に閉鎖されたといいます。今回の視察は北イタリアのトリエステで、精神障がいがある人々が地域の中でどのような生活をしているのか、どのような仕組みの支援があるのかを現地で感じたくて参加しました。
『精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本』の著者である大熊一夫さんも同行していただくことになり、学びの多い旅でした。


(精神保健局本部棟で担当者の説明を皆で聞いています)

視察の日程

9月22日(火)
午前:精神保健局本部棟、リハビリ(就労)と居住サービス
午後:精神科診断治療サービスSPDC(市内病院内)
9月23日(水)
午前:ドミオ精神保健センター(CSM)
午後:ラジオ局(Radio Fragola)
9月24日(木)
午前:アウリジーナ・デイセンター
午後:精神保健局本部棟

トリエステの精神保健サービス(トリエステの人口は24万人)

・精神保健センター
・精神科診断治療サービスSPDC
・グループホーム
・デイセンター
・社会協同組合
・保安処分施設REMS
4ヵ所(28床)
1ヵ所(6床)
8ヵ所(45床)
1ヵ所
13ヵ所
1ヵ所(2床)

イタリアの精神保健改革の流れ


(フランコ・バザーリア)

・1971年にバザーリアがトリエステ県のサン・ジョヴァンニ精神病院長に就任
劣悪だった病院や治療環境の改革を行うが、次第に病院ではなく、地域での治療が必要だと考えるようになる。
・1978年に180号法(通称バザーリア法)が成立
新たな入院の禁止や、入院者の退院を勧める法律が制定される。
・1999年にはイタリア全土から精神病院がなくなる
(詳しくは「精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本」をご覧ください)

現在のトリエステの精神保健(医療)の概要


(トリエステの街の様子:駅前広場のような賑わいがありました)

ドミオ精神保健センター(CSM)

はじめに見学したのは、イタリアの精神保健支援の柱となっている精神保健センターです。人口24万人のトリエステ市内に4つある(人口約6万人に1ヵ所)精神保健センターは、精神障がいを持っている人にとって治療の場であり、居場所や食堂でもあります。センター内にはベッドもあり(6〜8床)、治療のための宿泊やショートステイのような利用ができるようになっています。クライシス的な宿泊をする場合も、隔離するのではなく、住み慣れた地域の中で顔見知りの支援者が関わります。このベッドの使い方でユニークなのは、患者さんの家で改装工事が行われるというようなケースでも、その間宿泊出来るというような自由度の高い使い方が出来る事です。
この精神保健センターで対応できない時や、救急車や警察対応が必要な時には、市内の総合病院内の精神科病棟にあたるSPDC(精神科診断治療サービス)で治療を行います。そこで入院する場合も日数は数日間と短いのだそうで、退院後は精神保健センターに戻るという仕組みになっています。
私たちが見学したセンターは、「ドミオ精神保健センター」といってトリエステ南東部の工業地帯にあります。人口5万人、スロベニア国境近くでスロベニアの方が1万人在住している地域です。現在1,200人の利用者をフォローし、看護師30人・PSW2人・リハビリ1人・臨床心理士2人・医師4人体制(2人は研修医)で支援しているそうです。
ここのセンターのベッドは8床あり、シングルが4部屋、ツインが2部屋になっています。夜間体制は、看護師2人とオンコールの医師1人。ベッドは数日だけ利用する方もいれば2ヶ月利用する方もいるそうです。


(ドミオ精神保健センターの食堂:吹田にこんな施設があったら・・・とイメージしながら説明を聞いていました)


(ドミオ精神保健センターの庭)


(ドミオ精神保健センターのベッド:清潔感があってIKEAみたいでした)

食堂があり、朝食は8食(泊まっている方)のみ可能で、1食0.5ユーロ(70円)の個人負担。昼食は、センターに来た利用者に提供されるようになっており、無料だと伺いました。センター内にはその他に衣類を供給する部屋もあり、地域で暮らす利用者さんの困りごとに対応する姿勢を感じます。
オフィスには利用者さんから預かった自宅の鍵が多数ありました(利用者から預かっていてほしいと希望されるそうです)。センターに来なくなった方などの訪問支援にはその鍵を持って出向くのだそうです。
僕らの訪問看護よりは、保健所さんが訪問する感じに近いイメージを感じました。

アウリジーナ・デイセンター



アウリジーナ・デイセンターは、小高丘の上にあり、緑豊かな木々に囲まれた庭が印象的。絵画教室を看護師が担当しており、捨てられたものを利用してオブジェや絵画を作成しています。その他にもマッサージ教室やエステ(女性専用)、水泳・乗馬・読書会・写真・遠足・コンサートなどなど、10種類の活動を行っているのだそうです。映画やレストランなどにいく為に、グループで予定立て、トリエステの街まで繰り出したりもしています。 一見するとレクリエーション施設のようですが、「ここは治療の場なのです」と説明がありました。
先述の精神保健センターで診察を受けた方は、個別にプログラムを作って治療を進めていくのですが、このデイセンターも、その治療の場の一つになります。 また、デイセンターにはもう一つ役割がありました。
昨年イタリア全土で司法精神病院(触法者用の病院)が閉鎖(バザーリアも希望していた)された事により、
そこに入院中だった触法者の受け皿としてここのデイセンターで2人受け入れているのです。
当初は、周辺住民やメディアが騒いでいましたが、地域の理解を深めるイベントを行って現在は収まっているとのこと。その2名用に12人のスタッフ(看護師6人・PSW6人)の3交代体制で取り組まれています。受け入れた触法者には、裁判所も社会的危険性もあることを認めているので、10年以上のベテランスタッフで構成しているとのことでした。
その2人用のお部屋を見せてもらいましたが、シンプルで綺麗なお部屋で、とても快適に住んでいるのが分かりました。不安や憶測を呼びやすい性質があることなので、関わる側はとても慎重になりますが、それこのセンターは監視の場でなく治療の場であるとスタッフの認識しているのがわかりました。

就労支援のための社会協同組合


(スタッフの95%以上を精神障がい者が運営しているレストラン:何度か食事しました。美味しかったです)

退院者当事者が地域で生活するために必要な“仕事”。そのためにバザーリアの改革で社会協同組合(社会コープ)は生まれました。ここが就労訓練の場であり、仕事を生み出す場になっているそうです。今回、私たちは社会協同組合が運営しているラジオ局やレストランの見学をさせていただきました。

FMラジオ局 「Radio Fragola(ラジオ イチゴ)」


(収録スタジオの前:視察のみなさんと記念写真)

精神障がい者が中心となって立ち上げた社会協同組合ラジオ局「Fragola」は1984年に開設されました。
「Fragola」は全国ネットとウェブを使って24時間放送され、トリノやローマ等9つの局ともネットワークで結ばれています。運営スタッフは、ボランティアのDJが70人(利用者を含めてほとんどの人が精神医療関係の人)と正規職員2人(社会協同組合の職員)、それと研修生。特にボランティアや就業希望者が多く、「Fragola」の事業活動が市民に広く浸透していることがうかがえました。

■金曜日は実況放送の日

毎週金曜日は精神障がい者本人や支援者が出演し、55分間の会話実況放送を行っています。その日の出演者自身が番組のタイトルや話す内容を決め、自由に話しているのだそうです。これまでに放送した中で、特に利用者が「みんなの言い分」を朗読した日のフェイスブックのフォロワー数は、1,000人に達したのだとか。
西井が「生放送の場合、放送禁止用語などを誤って口に出してしまうようなアクシデントは起きませんか?」と質問すると「そういう問題を起こすのは、たいていの場合健常者ですね」とのお答え。
もっとも、現場では健常者か当事者かを意識せずに活動しているということでした。

全体における感想

トリエステの精神保健支援にて、1つの理想的な形を見ることができました。日本がイタリアの精神保健福祉をなぞれないのは、制度的に異なる部分が大きいと言われています。私立の医療機関に対して、診療報酬で政策誘導する日本とは異なり、精神科病院が国営だったイタリアは、スタッフが公務員である事から大きな方向の転換がしやすく、現在の体制を作れたのだと思います。

それでも、転換期には看護師など多くの支援者が変化を受け入れることができずに退職したそうですし、イタリア南部では今でもバザーリア体制に反対する姿勢を持つ医療者も多いのだそうです。そういった中、ここまで制度や世論に変革をもたらしたトリエステの街を作るには相当なエネルギーや熱意、根気や行動力が必要だったことでしょう。

「私たちも、気を抜いたら逆戻りしてしまう危機感を感じながら日々の仕事をしています」と言っていた、トリエステ精神保健局本部で、バザーリアの改革前から現在まで看護師をしている女性の言葉がとても印象に残っています。

「本当にその人(利用者)を理解しようと思ったら、その人の服を着てみなさい。靴を履いてみなさい。」
「私たち(支援者)は、訪問して何かを提供する・・・という支援をするわけではない。まずその人の暮らしに寄り添いなさい。人間関係を作りなさい。」
「利用者に市民的な権利があること、そこからでなければ治療は進みません」
「具合が悪い時だけ関わるのではあく、調子のよい時に築ける関係が大切です」
その方の言葉は、本当にその通りだと感じましたし、改革がどれほど大変だったかを感じます。

日本で、吹田という街で、ハントンにできることはとても小さい限られたことだと思います。現場を見ていく中で、こういう支援方法もあるのかとか、実際にやってみたらこういった形の支援で足りることもあるのかといった発見がありました。

地域では、精神科病院のお世話になることは少なくありません。「やはり病院は必要だ」と感じることもしばしばあります。でも、精神科病院をゼロにした魂の炎を分けてもらえた。そんな視察旅行でした。

今回のツアーにお誘いしてくれた、NPO法人多摩在宅支援センター円の寺田さんや、旅行道中で若輩の西井に親切にしていただいた参加者の皆さんや大熊さん、ツアーの主催である一般社団法人訪問看護事業協会の皆さんにとても感謝しています。(西井は今回が初めての海外旅行でした)
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