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2010年6月22日
訪問看護ステーションを設立〜ニュートラルなステーションをめざして〜
西井拓也 ⁄ 精神科看護 2005年11月号掲載
■3:医療への思い
ステーションの設立は、友人が看護を私にもわかる言葉で話してくれたのがきっかけでした。訪問看護の話以前から、彼の看護に対する思いは強いものがあると感じていました。
私は医療関係者ではありませんが、以前から「医」には興味をもっていました。でも、それは薬草やツボマッサージなどの民間療法や束洋医学の部類です。身体のいたるところにあるツボの位置は、西洋医学的なものとはまったく関連がありません。「医」の中でもそういうアナログで神秘的な部分が好きで、学んでいくと人体についてますます知りたくなってきます。薬草でいえば「ドクダミ」が好きです。自分で摘んできてお茶にして飲むと、肌荒れには効果抜群です。ドクダミの葉を摘み取る自分に「医」があるように思えて、ちょっと自慢したくなります。
なんとなく病院や西洋医学は苦手と思っていました。むずかしくて融通がきかないものだと思っていました。しかし、友人が話す「看護」の中には、東洋医学があるように思えたのです。
医師が診ているのが病気そのものだとしたら、看護師は「その人がどうすればよりよい状態になるか」を考えています。医師の指示に従って投薬やバイタルサインのチェックを実施はするけれど、看ているのは「病気ではなくて人」であると思います。私はそのアナログさの中に、東洋医学の発想を感じたのです。
 精神看護について詳しく聞くと「なんだ、普通にシンプルに考えればイイんだ」という思いと、「やっぱり専門職でなければできない、奥深い領域なんだ」という恩いを交互に感じます。
人は自分の仕事を特別視してしまいがちです。自分の仕事の重要性を強調してしまうものですが、彼の話には看護師という仕事を超えた「思い」を感じました。そんな彼の思いは、私の関心と重なる部分がありました。彼もシロウトの私の感想や、素朴な疑問にも真剣に耳を傾けてくれます。そうしたド重なりの部分がハントン訪問看護ステ一ションの設立の大きな原動力となっていきました。

■4:看護への情熱がもつ可能性
私は特別な資格は持っていません。職業になるような技術もありません。資格は普通免許と柔遭の二段だけです。二種免許がなければ運転で稼ぐことはできません。柔道もそれだけで収入になるというものではありません。
欲張りな私は、1つの道で生きていくということができない性格なんだと思います。有資格者や専門職に憧れはありますが、自分がなろうとは思わないのです。そんな私には、有資格者や専門職といっしょに何かをやるというのが一番です。誰かの「困った」とか「やりたい」という思いに、多少の資金とアイデアを出して協力していくのが、私の仕事です。自分ではなく、自分の隣にいる人を成功させようという考えです。
自分が成功しようと考えると、失敗してしまいがちですが、「隣の誰かを」なら、ある意味、客観的な判断ができます。自分の知らない世界を知ることもできます。さまざまなノウハウも蓄積できます。いままでにないネットワークも広がっていきます。私はそういう仕事をしていきたいと考えています。
組む相手は、専門職なら誰でもいいというわけではありません。必要なのは、その仕事に対する情熱をもっていることです。私が可能性を見出したのは、訪問看護にではありません。友人の看護に対する情熱に可能性を感じたのです。
事業を始めるときに「うまくいけば儲かるかも……」ではスグに挫折してしまいます。さまざまな困難を切り開いていくときに、最も必要なのはやりたいことへの情熱だと思います。
その友人の思いは情熱を超えていて、執念になっていました。執念というと、あまり健全なイメージではありませんが、そのくらいのほうが組織の長としてはよいのかもしれません。
ただ、頭の中で訪問看護ステーション設立をイメージしていると、安易に考えることができない部分がありました。医療関係者でない私が、医療界に入っていくことは迷惑ではないのか。信用を得るまで、普通よりもかなり時間がかかるのではないかという部分がとても不安でした。
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